奇跡体験!アンビリーバボー

ホテルニューワールド崩壊事件(シンガポール)の原因理由やその後は!?

奇跡体験!アンビリーバボー

みなさんこんにちは!

 

 

RONです。

 

 

今回は8月12日放送予定の「奇跡体験アンビリーバボー」に、シンガポールで起きたホテルニューワールド崩壊事件について、取り上げられる予定ですので…

 

 

この崩壊事件の概要や原因について、説明していきたいと思います。

 




 

「ホテルニューワールド」についての概要は!?

 

 

さて、まずはホテルニューワールドから紹介をしていきます。

 

 

ホテルニューワールドはシンガポール北東のセラングーンに位置していたホテルであり、1971年に開業となりました。

 

 

正式名称は「リアンヤック・ビル」と呼ばれており、セラングーン通りとオーエン通りの交差点に位置していたホテル兼商業施設です。

 

 

高さ約24メートルの大型ビルであり、地下に駐車場、1階には銀行、2階にはナイトクラブがあり、3階〜6階にかけてはホテルとして経営をされておりました。

 




 

「ホテルニューワールド」の倒壊事故に関する概要は!?

 

 

では、ホテルニューワールドが倒壊した事件の概要を説明していきましょう。





 

 

事件が発生したのは1986年3月15日、午前11時25分の時です。

 

 

なんと突然ビルが崩壊をしてしまいます。

 

 

この出来事が起きて、1分も経たない内に全壊となってしまった為、客もパニックを感じる間もなく、一瞬の出来事であったことが窺えます・・・

 

 

結果として、瓦礫の下などにいた客など合わせて17名は救助隊の懸命な救出活動によって救われましたが、33名は死亡するという大惨事になりました。

 

 

シンガポール史上最悪の崩壊事故となってしまいます。

 




 

倒壊までの予兆は幾つもあった!?

 

 

さて、それでは具体的な倒壊までの経緯について、説明していきます。

 

 

実は崩壊の前兆というのが幾つもあったそうなのですね。

 

 

それは3月14日の午後7時の出来事。

 

 

ビルの2階にあったナイトクラブで柱に「ヒビ」が入っていたのだそうです。

 

 

この「ヒビ」に異変を感じたホステスがホテルニューワールドのオーナーに連絡をします。

 

 

丁度開店後に修理業者が到着し、柱の修理を行います。

 

 

しかし、今度は午後9時15分にホステスの控え室で、鏡に「ヒビ」がある様子を発見します。

 

 

次の日の3月15日の午前10時10分、今度は駐車場に建物の破片が落ちているのを銀行に来ていた客が発見します。

 

 

客に告げられ、支店長が駐車場へ様子を見にいきますが、特に気に留めた様子はなく、柱も修理業者が直している為、問題はありませんと告げます。

 

 

それから1時間ちょっとで、建物全体が揺れ、1分も経たないうちに崩壊となってしまったのです。

 




 

「ホテルニューワールド」が倒壊した原因や理由は!?

 

 

ホテルニューワールドはなぜ突然に崩壊してしまったのでしょうか??

 

 

実はどうやらこのビルを建てる際に建築士が建物が耐えられる構造的負荷を間違え計算していたことが大きな原因だった様です。

 

 

当初は色んな考察がありました。

 

 

崩壊前に「爆発音があった」という目撃者がいたものの、警察は「爆弾テロ」の可能性を否定。

 

 

建物に追加した機材などが原因かとも言われましたが、100トンを超えていても積載荷重の許容範囲内でした。

 

 

原因は設計する際に、「建物に泊まる人や備品や家具、機具などの積載重量」と「建物自体の固定重量」を計算して、構造を設計する必要があったのですが、どうやら「建物自体の固定重量」を計算していなかったことだそうですね。

 

 

建物を支える柱はこの事件が発生する数日前に限界を超えて負荷がかかっていた為、1本の柱が折れてしまうと連鎖的に他の柱も荷重に耐えきれず、破損してしまいます。

 

 

こうして、建物は自らの重さに耐えることが出来ず、崩壊してしまったそうです。

 




 

倒壊直後は通行人までもが救助活動に!?懸命な救助活動が話題に!?

 

 

倒壊直後は数百人もの従業員や客が瓦礫の下敷きになっておりましたが、消防局や警察、軍などを始め、通りかかった通行人や近隣住民までもが救助活動に参加されたそうです。

 

 

更にシンガポール空軍軍医の林明健さんや、他の空軍軍医、シンガポール保健省の2人の医者については瓦礫の奥深くにいる生存者に対して、ブドウ糖と生理食塩水を点滴して救助活動をされておりました。

 

 

結果として、そんな懸命な活動もあり、翌日には下敷きになっている人々は100人〜60人にまで減少をしておりました。

 

 

5日間に渡り救助活動をされましたが、シンガポール人23名と、その他の外国人10名が命を落としてしまいました。

 




 

「ホテルニューワールド」倒壊後は!?

 

 

崩壊のその後についてですが、5年後の1991年3月28日に、ホテルニューワールドの敷地内に7階建てのホテルが新設されることとなりました。

 

 

そして、3年間の工事期間を経て、1994年に「フォルトゥナホテル」として、オープンをしております。

 

 

ホテル・ニューワールド基金も「コミュニティ・チェスト・オブ・シンガポール」によって設立され、約150万近くのシンガポールドル(現在の日本円で約1億2,000万円)が寄付金として集まるなどしています。

 




 

まとめ

 

 

以上がホテルニューワールドに関する倒壊事故の全容となります。

 

 

一瞬でビルが倒壊するというのは恐怖を感じる間もないので、余計恐ろしさを感じますね・・・

 

 

建築ミスというのは絶対あってはならないことですので、今回の大事故によって見直しが強化されたはずですね。

 

 

絶対に忘れてはいけない大惨事ではないかと思います。

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