中村裕(医師)は太陽の家(大分)とパラリンピックの父で何者!?妻や息子などの家族の今現在の情報は!?死因や名言は!?ドラマ「太陽を愛した人」の感想や評判は!?

みなさんこんにちは!

 

 

RONです。

 

 

今回は10月15日放送予定の「奇跡体験!アンビリーバボー」に、日本パラリンピックの父とも言われている中村裕さんのドキュメンタリーが放送予定ですので…

 

 

この中村裕さんとは何者なのか??を中心に、解説していきたいと思います。

 




 

中村裕さんとは何者でプロフィールは!?

 

 

まずは中村裕さんのプロフィールから紹介します。

 

 

https://mobile.twitter.com/komineshoten/status/1106465105665900545
・名前:中村裕(なかむら ゆたか)

・生年月日:1927年3月30日

・没年月日:1984年7月23日(57歳没)

・出身地 :大分県別府市

・職業:医師

・所属病院:大分中村病院

 

 

中村裕さんは「日本パラリンピックの父」と呼ばれておりますが、元々は大分中村病院の医師です。

 

 

身体に障害のある人たちの為に、スポーツ振興を図りました。

 




 

中村裕さんはなぜ「障害者スポーツ」に尽力する様になったのか!?

 

 

1960年代当時、日本において身体障害者とは「ベッドで寝て過ごすことが一番」と考えられておりました。

 

 

しかし、その一方でイギリスでは身体障害者が多く社会復帰をしている様な状態だったそうです。

 

 

そういった様子を見ていた、九州大学医学部の天児民和教授は

 

 

「何か日本とは違った、特別な治療法があるのではないか??」

 

 

と感じ、イギリスにあるストックマンデビル病院」に中村裕さんを派遣させ、確認させたそうです。

 

 

ところが、日本とイギリスに治療方法の違いはなく、全く同じだったそうです。

 

 

そこで注目したのは障害者がリハビリの一環で「スポーツ」を行っていたことであり、そういった「障害者がスポーツを楽しむ」という慣習がイギリスでは一般的になっていたことに衝撃を受けたそうです。

 




 

当初は「障害者スポーツ」に対して受け入れられなかった!?

 

 

こうした背景に衝撃を受けたことで、障害者スポーツの普及を目的にし始めたそうですね!

 

 

帰国後、大分で障害者を中心とした体育大会を開催しましたが、

 

 

「障害者を見世物にするな!」
「あなた、それでも医者ですか!?」

 

 

といった猛烈な批判を浴び、「障害者にスポーツをさせる」という考え方が受け入れられませんでした。

 

 

こちらが当時、大分で開催された障害者体育大会の様子です。↓

(https://style.nikkei.com/article/DGXMZO25253410Z21C17A2000000/ より抜粋)

 

 

しかし、批判が飛び交う中でも「障害者スポーツの普及」に対する信念は強く、東京パラリンピック開催に尽力をしておりました。

 

 

そして、1964年に東京パラリンピックが開催されると、日本人選手団の団長を務めることになりました。

(https://style.nikkei.com/article/DGXMZO25253410Z21C17A2000000/ より抜粋)

 

 

無事東京パラリンピックも開催され、成功に思われましたが、ここで日本と西欧諸国の障害者の差が表れてしまった大会となってしまったのです。

 




 

日本と西欧の障害者の違いとは!?「太陽の家」とは何!?

 

 

その日本と西欧諸国の障害者の差というのが、「一般人と同じ様な自立した生き方をしているかどうか」だった様です。

 

 

西欧諸国の障害者は自分でタクシーを呼び、自らで銀座に行ったりするなど、自立していた様なのですね。

 

 

中村裕さんはこうした一般人と変わらない自立した生き方に衝撃を受けました。

 

 

そして、今度は「障害者の職業自立」をスローガンに掲げ、社会福祉法人「太陽の家」を別府市に創設しました。

 

 

「太陽の家」は今も大分にある様ですね!↓

(http://www.taiyonoie.or.jp より抜粋)

 

 

また、その後は障害者のスポーツ大会にも引き続き力を入れ、1975年には南太平洋身体障害者スポーツ大会を開催し、1981年には大分国際車いすマラソンを開催しました。

 

 

当時は陸連から「マラソンは2本足で走るもの」と言われ、受け入れられませんでしたが、大会自体は成功に終わったそうです!

 




 

中村裕さんの妻や息子などの家族の情報は!?現在は何をしている!?

 

 

そんな中村裕さんですが、妻や息子の今現在の情報はあるのでしょうか!?

 

 

中村裕さんは妻の中村広子さんと、1960年に生まれた息子の中村太郎さんや他2人の息子もいるそうです。

 

 

中村裕さんが障害者スポーツで批判を受けていた時も、中村広子さんは優しく献身的に支えていたそうです。

 

 

そんな中村広子さんは現在81歳となりますが、現在は中村裕さんについて多々インタビューを受けており、新聞にも掲載されたことがありました。↓

(http://www.akenohp.jp/pdf/nenpou/2008/2008nenpou003.pdf より抜粋)

 

 

また、息子の中村太郎さんは現在60歳となりますが、父親と同じく整形外科医師となっており、大分中村病院の院長を勤めておりました。↓

(http://www.nakamura-hosp.or.jp/about/director/ より抜粋)

 

 

現在は大板中村病院の理事長として就いており、また「日本障がい者スポーツ学会」の常任理事や、2021年開催予定の東京パラリンピックの選手用医療統括責任者として就任しております。

 

 

父親である中村裕さんの意志を継ぎ、障害者スポーツの発展に尽力しておりますね!

 




 

中村裕さんの死因は肝不全だった!?生前に残した名言とは!?

 

 

中村裕さんですが、1984年7月23日に57歳という若さでこの世を去りました。

 

 

そんな中村裕さんの亡くなった死因ですが、肝不全です。

 

 

元々中村裕さんは肝臓が悪かった様です。

 

 

若い頃はそこまで大きな問題ではなくとも、老化とともに免疫力が落ちてしまい、闘病の末、57歳で亡くなってしまったそうです。

 

 

ちなみに、下記は中村裕さんの生前に語っていた名言です。

 

 

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障害者の能力を評価するための完全な方法などは存在しない。働く能力は無限である。彼らに働くチャンスを与えることこそ重要である。
(R.Iアジア汎太平洋地域委員会第4回定例会議 1977年1月20日)

これからの教育は、人間らしい人間を育てるようになる必要があります。その意味で福祉施設はただ身障者の世話をするというだけでなく、今後、教育の場として人間的な情緒豊かな人を育てあげる場としての使い道があるのではないでしょうか。
(1982年 教育と福祉 別府市教育委員会主催第4回文化講演会)

(https://readyfor.jp/projects/taiyo-museum/announcements/87482 より抜粋)
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障害者の自立を訴えかけていた姿は今後も多くの障害者に希望を与えることとなりますね!

 




 

中村裕さんを主人公にしたドラマ「太陽を愛した人」の評判は!?

 

 

そんな中村裕さんを主人公にしたドラマ「太陽を愛した人」も注目されています。

 

 

これは2019年8月25日の午後10時〜午後11時50分にBS1で放送されたドラマです。↓

(https://entame-fan.com/mukaiosamu/dorama/nhkdrama-4/ より抜粋)

 

 

主演は向井理さんですね!

 

 

その他にも、上戸彩さんや志尊淳さん、田山涼成さんなども出演しておりました。

 

 

その感想と評判についてですが、最期のナレーションに関してはあっさりで残念という声はあるものの、向井理さんが中村裕さんのイメージに合っていたのでしょうか、「かっこいい」という高評価もありました。

 

 

ただ、それ以上に「太陽を愛した人」のストーリーに感動した人も多く、再放送を求める声もあったそうです。

 

 

中には「長編」でじっくりやった方がよかったのではないか??という声もありました。↓

 

 

とはいえ、内容が素晴らしいということで、総合的に「もっと見たい」という声の方が圧倒的に多かったことが伺えますね!

 




 

まとめ

 

 

以上が中村裕さんに関する情報となります。

 

 

来年は東京パラリンピック開催年ということもあって、日本のパラリンピックの勃興については一度見ておく必要があるのかもしれません。

 

 

ぜひチェックしてみてくださいね!

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